近くの老健施設に入所している母を妻と二人で見舞いました。
母は、私を見るなり、
「健夫さん、来てくれたのかあ。久し振りだなあ!」
と目を潤ませてます。
「ホント久し振りだよ。お袋がオレを産んでから、会うのは初めてだから、60数年ぶりだねえ。」
と、私が茶化すと涙とヨダレを吹き出して笑いこけてます。会う度に繰り返される漫才です。
母の茶飲み場です。母の親しかった茶飲み友達も、今はいません。母の話の殆どが昔のことです。「Aさんは、元気かい?」「Bさんは、今どうしてるんだい?」と聞かれても、「もうあの世の人だよ」とは言えません。母が悲しむからです。ここも使われることがなくなりました。
そういえば、こんなこともありましたっけ。
母が50代の頃でしょうか、カラオケを習っていました。ある日、母の歌を吹き込んだテープを聞いていると、途中にプッという音が入っているのです。
「なんだい健夫、オナラの音も録音されちゃうのかい?知らなかったよ。てっきり歌しか録音されないのかと思ってたよ。アーハハ!」
それ以来テープレコーダーは、お尻の側に置かなくなりました。
ひとしきり昔の話で盛り上がったところで、妻が、
「おばあちゃん、もうじき誕生日だけど、何才になるの?」
「そうさなあ、80ぐらいかな?」
「おばあちゃんは、今年90才になるの。」
「ヒエーッ!そんなになるんかい?」と、自分の年齢に目を白黒させてます。
「誕生祝いを自宅でやるから、何を食べたい?」
「そうさなあ、ほうれん草の胡麻和えとエビ大根の煮付けが食いたいなあ。」
「わかったわ。じゃあそれも作るからね。」
帰り際、
「ところでケーコ(私の妹)は、ちっとも来てくれないから、来るように健夫からもお願いして!」
「わかった、オレからもよーく言うよ。せめて10年に1回くらいは、会いに来いってね。」
すると母は、顔をクシャクシャにして笑っています。
別れ際の、いつもの会話です。ケーコも会いに来てるのですが、母は覚えていません。無性に娘に会いたくなるのです。